天倉澪、15歳の夏の日。
「地図から消えた村」皆神村から奇跡の生還を果たした澪は、再び平穏な日常を取り戻していた。
生還から1週間…今は夏休みの真っ只中で、澪は部活で学校に来ている。
部活が終わり、高い太陽の日差しが強烈に照りつけ、陽炎の上る通学路を澪は気休めの手うちわで扇ぎながら歩いていた。
熱気で歪む前方を、ぼーっとした意識で汗の滴るのを感じながら凝らして見ると、遠くに涼しげな白い浴衣を着た男の子がいる。
わずかな生温い風になびく銀色の髪。
色白で華奢な、どこか斜光を感じさせる儚げな雰囲気。
歩み来る澪を視界に捉えたその男子は、宿る影を打ち消すかのように満面の喜びを溢れさせた。
「八重っ!八重なんだね?」
や…え…?
澪は取り戻した日常で薄れつつある恐怖の記憶の中に、その名前がとりわけ印象的で、特別な人物が関わっている事を思い出した。
澪のことを八重と呼んだその彼は、最高の笑顔で走りながら澪の元へ辿り着き、澪の手を握り締めた。
「きゃぁっ…!?」
「八重…ずっと会いたかった…」
澪が手を握り締められたその先を見上げると…皆神村で澪を助け続けた立花樹月であった。
彼は皆神村の忌まわしき大災「大償」の犠牲者の1人であり、澪が出会った時既にこの世の存在ではなかった。
霊となり、澪を八重という女と思い込みながらも助けようと助言をし続けてくれたのである。
助ける使命を終えると、やがて現れなくなった。
今、澪の目の前にいる樹月の手は人と同じように温かく、実体を持ち生気がある。
彼は幽霊ではなかったのか…?
「八重、君が皆神村を解放してくれたおかげで、皆は天に召すことが出来た。
だけど僕は八重への気持ちが残り、成仏出来なかった…。
それを見かねた仏様が、僕を蘇らせてくださったんだよ!
だから僕はこうして、肉体を持ってこの世にいられる、八重と一緒に生きていけるんだ!」
樹月は、澪の身体を引き寄せ力いっぱい抱き締めた。
のぼせた頭と汗ばむ身体に、只さえ理性の欠けた澪の心が、樹月の抱擁で眩暈がしそうなほど動転し、顔中が火照り赤面する。
「八重…好きだ。
辛いこともあったけど、仏様のお導きで夢にまで見た幸せを叶える事が出来る。
お互い、沢山幸せになろう…」
私は八重じゃない…澪は今なお思い込みを持つ樹月に抗う言葉を思い浮かべたが、皆神村の悲劇を全て体感している澪には樹月の苦しさ、幸福への想いも肌身に染みて分かる。
それに、男の子に告白された事すら初めてであり、どうあれ澪にとっても人生で大事な一瞬であった。
羞恥のあまり熱っぽさが加速する澪の頭を、ふと冷たいものが濡らす。
見上げると、樹月は泣いていた。
…澪は、彼を受け入れることを決めた。
澪も樹月の身体を抱き締める。
「ずっと…一緒だから…」


←戻る  次へ→